凄腕船長の釣り宿33
田原 泰文・著  小学館 発行
オニカサゴ・千葉県内房 館山港 真澄丸
全員に2尾ずつ釣らせるのが目標
橋忠さんは、船頭というよりまさに船長といった感じ。店は普通の釣り船店の趣はほとんど感じられず、洒落たプロショップの雰囲気が漂っている。広々とした店内の壁一面に貼り付けられているのは良型のオニカサゴばかり。よくぞこれだけ釣らせたものだと目を見張る。アベレージは2kg級で、最大は2.9kg。コマセ釣りにはいっさい目もくれず、いってみればこれ一筋のオニカサゴ・フリークだ。
本来ならば胸を張っているはずの良型のアラ、アマダイ、カイワリの見事な写真が、遠慮している。
 1948年生まれの橋船長は高度成長期、ゼネコンに籍を置く仕事の虫だったが、研修で訪れた北欧の生活を見て人生観が変わった。当時流行の兆しを見せてきたペンション経営を思い立ち、全国にペンションがまだ3軒しかなかったという時代に南房総の平砂浦で開業。あわせて時代の先駆けだったウインドサーフィンのスクールとクラブショップを併営してきたという変り種だ。海に関わる仕事を続けようと、釣り船を始めることとなった。
アドバイスしてくれる人はいたが、釣り船としては素人同然。どこで何を釣らせたらよいかさっぱり見当がつかない。といってコマセ系の釣りは無理やり食えといっているようで、性に合わない。オニカサゴなら専門にやっている船は皆無に等しく、競争が楽かも知れない。初めてみると思った以上におもしろい。馴染み客の応援もあり、まっしぐらに突き進むこととなった。
 最初は客の言うことをよく聞く便利な船長ということでスタート。オニカサゴばかりを狙い続けている客の人柄も気に入った。狙い澄まして1尾を釣るという私のモットーにも相通ずる釣りだ。
続けるうちにオニカサゴの習性やポイントも把握できるようになってきた。
 漁師出身で、今ではメジャーになっている船宿でも、看板の釣りものを始めたころは五里霧中だったもの。後発だからといって決して落ち込む必要などない。桃太郎張りのバイタリティーで釣り場と釣法を開拓した。商売としてはもっと底辺の広い釣りもののほうがよいのはわかっているが、そんなリスクはすべて向こうに押しやって、夢とロマンをオニカサゴに賭けるのだと言い切る。
 今釣っているオニカサゴはおおむね20年以上の良型ばかり。野放図に釣っていたら枯渇するかも知れない。目標は釣り客1名に2尾を持ち帰らせることだから、年間ではかなりの数を釣らせる。
それだけに800g以下はリリースしてもらうことにした。幸いなことにオニカサゴは釣上げても生きている。慣れた客には、大きい型を釣り上げたら小さいものは順次放流してもらうよう協力を仰いでいるが、状況によっては7尾までのキープが可能。これ以上はいくら爆釣しても放してもらうそうだ。
それにしてもよそでは味わえないような豪勢なオニカサゴ釣りだ。
 ウインドサーフィンでは1万人くらいに教えてきたというだけに立て板に水。ビギナーへのレクチャーはお手のものだが、釣りを始める前には必ず釘を刺しておく。
オニカサゴは難しいから、その難しさを楽しんでもらいたい。誰も釣らないときに釣ってはじめて一人前。何かが違うはずだ。魚がいるところには必ず連れていくから、釣れないのは自分の責任。その点を自覚して1投ごとのデータを集積し、さまざまな状況に対応してもらいたい。最初は客の言いなりになっていたが、これだけ釣らせてきた実績をもとに自信に満ちあふれている。
小さなアタリで2手3手糸を送るのが真澄丸流オニ釣法
大型のアタリはか細い。真冬のヘラブナのアタリと同じだ。釣れちゃったのと釣るのとは大きく違う。かすかなアタリを見逃さないで釣るのがオニカサゴ釣りの魅力なのだ。
アタリを取って見事にハリに乗せたら、そこからは船中が一体となってやりとりが始まる。アタリは微細でとくに大型ほど小さく、このアタリを見過ごすと、食わせるのは難しい。
ときどき仕掛けを巻き上げたら重くなったということがないわけではないが、アタリが取れずに釣れちゃったではあまりにも情けない。 エサはサバの短冊。幅1cmで長さ10cmと大きめだ。これと半割のタコベイトを合わせてチョン掛けで刺す。生きエサを使ったこともあるが、あまりにも簡単に食う。漁ならば確実性を優先させてもよいのだろうが、釣りとしては魅力に欠ける。使わないことに決めた。
仕掛けを浮かせると食わないから、オモリで底をきっちり取り、ときどき静かに聞き上げる。といっても小突いたりして竿を動かしすぎるとアタリは取りにくい。館山沖は潮が速いので、常時、底すれすれをキープするのが基本。引きずったり、這わせたりしない限り、根掛かりはしない。
アタリがあったら絶対にアワセないで道糸を送る。これがオニカサゴの決め手だ。クラッチを切るのではなく、リールの直前から道糸を引き出し、3手ほど送り出す。ドラグを締め込んでいたらこんなワザは使えない。竿先は振り上げないで、水平に保っておく。タイミングは一概には言い切れないが、第1のアタリのあと、もう一度アタリがくる。この2のアタリもさらに辛抱する。だがここまでくればオニカサゴは間違いなくエサに執着している。慌てて早アワセをすることがない限り、3のアタリを待って竿を立てればハリ掛かりする。
 海面まで引き上げられても元気いっぱいのオニカサゴだが、意外と泳ぎは下手だ。おまけに潮流が速いから、エサを一気に呑み込むことはない。警戒心も強く、腹が減っていてもガツガツむさぼり食うようながさつさもないから、エサが引っ張られると離してしまうことが多い。だから道糸を伸ばして仕掛けが浮き上がらないよう気を配り、じっくりと呑み込むタイミングを作ってやるのだ。
 ハリ掛かりしたら衝撃を与えないようしばらくは手巻きで巻く。オニカサゴが歯を食いしばり、こちらを向いてきたら中速の自動巻き上げに移行。途中でスピードを速めたり落としたり、ドラグを締め込んだりするとバレる率が高い。竿のしなりを見ながら、一定の速度で巻き上げる。道糸の残りが少なくなってきたら、早めにホルダーにセット。巻きを止めず、道糸もたるませないで取り込み体勢に入り、仕掛けを手繰る。オニカサゴは海面でも暴れるから、タモで掬って取り込むのが鉄則だ。狙うポイントは館山沖一帯の水深100mから180m。航程30分から1時間弱の範囲。いずれも潮の速いところだ。もちろん職漁船やほかの釣り船と競合するところはまったくないマイポイントばかりだから周りには船はいない。真澄丸の一人舞台で思う存分釣りまくる気分は爽快そのものだ。
海底の形状はさまざまで、フラットなところを中心に、潮によって駆け上がりを攻めたり駆け下がりだったり、バラ根が点在したり、ともかく、いそうなところはすべて探る。オニカサゴの生態そのものはまだよくはわかっていないというが、季節によってこの周辺の根を小移動しているらしい。冬場になってもとくに深みに落ちるというわけではないが、季節風の合間に狙う近場の好ポイントもある。そんなところはできるだけ温存しておき、普段は魚影の濃い沖を目指すことが多い。冬場は釣り場が限定されるとはいえ、脂が乗って実に旨い。
船の定員は12名だが、オニカサゴでは8名が限度。将来的には大きな船にしたいとは思わないが、良い船を造りたい。そのために頑張りますといったそにとき、長年にわたって海のレジャーを追い求めてきた眼光が鮮やかにきらめいた。